私はほんとにかわいくない。
昔もかわいくなかった。外見も、態度も話し方も何もかも。女とか女の子を意識するのが一番嫌だった。
それは母を見てきたからだろう。
あのひとは90歳になっても「女」で「男」が好き。男の子を二人産んだ、しかも一人はあのひとが大好きな大学の卒業生だ。加えて、おっとは家事をするし、何より30年以上連れ添っている。私のすべてが憎いのだろう。
私が子供を産んだ時、「ざまあみろ」と「これで私の苦労がわかる」と面と向かって言われた時には、実母が娘に言う言葉かと耳を疑った。私が大学に受からなくて浪人しそうになった時、「私(母)はどうしよう」で、私のことは何も考えなかった。一番あきれたのは「子供は自分の伴侶が自分の父親よりも長生きできないから、私(母)のトシに未亡人になる」とまで言われて、おっとを早死に扱い。父と母は9歳離れていたんだが、うちは同い年だから、母のトシに未亡人はおかしい理屈だが。
そんな女だ。だから、母のようになりたくなくて、服もあのひとが好む服は選ばなかった。ピンクは大嫌い。
こんな親を義母としてくれるひとには出会えないだろうと思っていた。
だから、かわいくもない、あんな人間が家族である自分と結婚してくれたおっとには感謝しかない。
なんでこんなことを綴る気になったのだろう。
きょうはあのひとの誕生日だからかもしれない。
お誕生日おめでとう、なんて、もう言わない。去年まではささやかなプレゼントを用意していたけれど、今年は私はの誕生日にも何も言われてないから、私も言わない。
母として私を育てたことのない人間。
テストの点が悪いと怒鳴られ、髪の毛を切らされた。私がかわいくなかったからか。
私のパート勤務を非難していた。あのひとみたいになりたくなくて、子供の行事にはできるだけ参加したかってし、ものも手作りしたかった。
あのひととちがう子育てをしたかっただけ。
母親に育てられたことがない自分が母親になれるか不安だった。そこは、愛情と信頼たっぷりに育てられたおっとが父親として私も母親にしてくれた。
おっとに出会えていなかったら、……。
おっとに感謝。これからはおっとを生かすために私は生きる。