ひとりごと

★note 4 誕生日に

2019年8月16日 12:50

今日は夫の誕生日だ。
彼に対する思いはたくさんありすぎて、私にはまとめきれない。でも、このところ私を襲ってくる、「汚らわしい血」と「遺伝子」のことだけ、いつか、彼に伝えられたらいいなと思うので、またしても覚え書き。


私が育ってきたのは漆黒の機能不全家族の中だが、私が母になっての家族は機能不全グレー家族だと思っている。なぜなら夫が私の中では十分育ちきれなかった「母」の部分を持っている「父」だからだ。


彼と出会う前、私は自分の遺伝子は自分で断ち切ることを望んでいたが、彼の遺伝子を残すことができて、本当によかったし、感謝している。自分が産まれてこなければよかったという思いもあるので、大いなる矛盾ではあるのだが。
息子たちは、外見もそっくりで、夫の強さも受け継いでいる。
私の中の忌まわしい血も彼の血で浄化されたのではないかとさえ思う。


母は祖母からずっと支配されてきた。
私たちを養うために教師になれ、とその言葉の通り教師になった。
祖父は母に甘かったらしく、昔、母が「私は男の人の方が好き」と言ったのは母もまた祖母から逃れたく、優しい祖父を求めて、自分に優しくしてれる異性を探していたからでないか。
祖父母はふたりとも実の両親に育てられなかったらしい。祖母は親戚に預けられ、上の学校に行きたかったのだが、できなくて、それを自分の娘に託した。祖父は自由気ままに生きていたので、祖母はお金では大変苦労したらしい。それもあり、母は自分のお金が自由になった頃、散財した。
父は早く亡くなったので、あまりよくわからないのだが、9人兄弟の長男で、弟妹は中卒で働けと言われていたのに、父だけ東京帝国大学を目指して二浪できたというほどである。結局は合格しなかったが、教員になった。(余談だが、偏差値的には母もいい大学出身であるので、息子たちは隔世遺伝だろう。)
皆、親がどんな存在なのかをわからないまま、親になってしまった者の集まりだったのだ、うちは。


夫の家族は、というと。
夫の祖父は戦死、祖母は女手一人で五人の子供を育て、長男である義父も祖母を助けて働き続けたらしい。義母も長女で弟妹の面倒をみてきて、嫁いだ時、あの姑では三日もたないと言われたところ、最期まで看取った。


そういう両親に育てられた夫は金銭的に裕福ではなく、中学から新聞配達、大学も国立だけ受験、浪人も宅浪、結果的には大学に行かず専門学校(結婚後に知ったのだが、短大卒扱いになる専門学校)に行き、働きながら、合格率13%の国家資格に合格した苦労人だ。
裕福ではなくても両親に愛され、自立心をやしない、自分の信念を通した人である。
夫は、単身赴任をしている。
下の子が生まれて2週間で赴任したので、もう20年以上、土日だけ家にいるという生活だ。私は会話の中で父の話を出し、息子たちにはできるだけ父の存在を意識できるようにしてきた。
その生活が、下の子と私を一瞬追い詰めたのだが、そこを立て直したのも夫だ。
夫の一番の不幸は結婚した相手が私であること。


機能不全家族という言葉を耳にしてまだあまり時間が経っていないので、不勉強で、直感で考えてみる。
この家族は連鎖する。それを感じるのが女性の場合、娘が母を見て育ってきたのが大きな影響を与えているのだと思う。
私がここで娘ではなく、息子を授かったことは、連鎖の一部が崩れていくきっかけになるのではないだろうか。
同性の親から受ける影響は小さくない。
反面教師であったり、あるいは父や母のようになりたいと思うひとは多いだろう。
息子から見た父のマイナスの影響と
娘から見た母のマイナスの影響とでは
どちらが強いのだろう。


遺伝子を断ち切りたいとばかり考え、この機能不全家族を断ち切りたいとまで、はっきりとした言葉で表さなかっただけだ。
夫の愛情が深くて、忘れていた。


夫の誕生日にそれを思い出すことができたこと。
世代間連鎖について考える記事をこのタイミングで読めたこと。


本当は。


わかっているのだ。


母からの愛情はなくても、
いや、ほんとは彼女なりの不器用な形で表現してきたのかもしれないが、その愛情よりもっと深い思いで救われていること。


希死念慮はまだある。
それでと、私が死んだら泣くと言う彼のために、もう少しだけ生きていようか、と思う。

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