いろいろなことを思い出した。
対人恐怖。高校生の時の私がいつも持っていたもの。
中学まではよくわからなかった。高校は男女比が7:2の進学校で私は人と比べられるという恐怖にいつもおびえていたな。だって、みんなかわいくて性格もよくて頭もよかったんだもの。その中に、全部反対の私がいて、とても目立っていて、みんなの引き立て役だった。
いつ頃から対人恐怖を意識しなくなったんだろう。時々、たまらない恐怖(たいていは特定の個人)が生まれるけれど、おびえなくなった明確な時期~理由がある。
対人関係には自信はない。まったくない。ひとを傷つけていないだろうか。そんなことばかり考える。不快にさせていないだろうか、ではなく、迷惑をかけていないだろうか。不安とも違う。
そんなネガティブな思いを一掃する、明確な理由がある。
「積極的になる」のは、私の考えでは、逃げないということにつながる。
基本的にはアクティブで、パッシブではないから、動いていくんだけれど、息子の件から、私は仮面をつけている。何もしないようなふりという仮面。目立たないように、嫌われないようにするための仮面。
自分から動いたところで何も変わらないことがある。それまでは自分で動けばなんとかなってきたから、その非情な現実にぶつかって、心が壊れた。
でもさ。
もう、よくない?
仮面をかぶるの、やめてよくない? そう思えたんだよ。
不安をもつことなんてない。
私には、全肯定してくれる存在がいるのだから。
そして、その自信が生まれてからは対人恐怖が薄れていったんだ。
恐怖を感じることなんてないんだ。
息子のことも、本人が気にしてないのなら、私が気にしなくてもいいのだ。
いや、気にしてないかどうかはわからないが、それを経て、彼は成長したんだから、それを、私が引きずってどうする?
対人関係のことを考えていたら、今の自分の仮面のことに行き着いた。
職場のエイリアンは恐怖の存在であるけれど、理解不能の存在で、理解する必要もない。
あんなやつにおびえることはないってことだ。
やつはひとでもないんだから。
と、今は、仮面を外したくてしょうがない感じ。週明けになったらまた変わっているかもしれない。
土日はエイリアンがいない、のったりしている空気だから。
でも、前の自分に戻れそうな気がしている。