「言葉のインフレ」ささいなことに重い言葉を使わないでほしい
言葉の重さ。それは感じるなあ。
質感も。
でも、私が言う重さは、そのひとの人生が垣間見える言葉だから、少し意味が違うかも。
選択する語彙がかけ離れているひととは人種が違うと思うようにしている。
私は若者言葉が好きではないので、たとえば、「わかりみが深い」は受け入れることができない。言葉はナマモノだし、生きているから、それも「新しい」日本語と言われればそれまでだが、古い年寄りにはカタカナ言葉も合わせて「無理」なのだ。
カタカナ言葉はそのひとの職業によって、普通に使われるだろうが、私の職業ではまず使うことがないので、何言ってるんだろう?になる。
これは私の感覚で、受け入れるひとのほうが多いだろうから、ばばあの言葉ととらえてとらえればいい。
書くひとだって読むひとを選んでいるのだから、受け入れるひとを限定しているだろう。
もっともそんなことを考えずにただ書いているひとも多いだろうな。
だって、書いて稼いでいるわけではないものね。
今日は少しだけ前向きな気持ちで文章を読めた。