今回は、そうなんだよね、が多かったのだけれど、自分と重ねて読む自分は、やっぱり、「ふーん」となってしまう。
何度も言っていること、「書いたところで、私は今夜生きているかわからない」というのがベースとなっていて、「今」帰結しない、あるいは終わる目処がたっていないことに対して、「やる気が起こらない」状態なのだ。
たとえば、自分で文章を書いても読んでも、未来には通じない。何も響かない。
本当に、…本当に、それほど、おっとの「死」が私に大きな影響を与えたのだ。
そして、その意味がわからないひと、感じないひとは世界が違うひとで、話が通じないひとなのだと思うようになって、おっとの心停止の後、身内、家族以外で連絡をとっているひとは5人もいない。
イメージがわかないでしょ、近いひとが「死ぬ」なんて。
という私も心停止していた時間、夢のようで、何が起こったのかわかっていなかったのだけれど、時間が経つにつれて何が起こったのかわかってきた。
そして今に至るわけ。
ま、そうこうしているうちにほんとにいなくなるから、いいか。