トシなんだね。
昔はそんなことを感じたかもしれない。
今は枯れているんで、なんとなく生きてるだけ。
何の特技もないバカな私は今の仕事が精一杯だから、これはできる、なんて思えない。自信のなさはまだ続いている。
スペインに住むな。
九州のひとと結婚するな。
男の子と女の子を手繋いで歩いている夢を見たから、わたしは男の子と女の子のおかあさんになるな。
という予感(予知夢)は当たったけど、(女の子というのは正確には違って、子供の頃よく女の子に間違えられた次男)もともと、結婚願望がなかった自分は子供の頃からこうなりたいなんてなかったし、仕事についても、就活で希望した企業を落ちていたから、キャリア志向もなし。
引き寄せもしていない。
引き寄せるものもなかった。
あ、おっとだけか。
でも、これが一番の拾い物かも。
何をしてもネガティブなのは、年寄りの僻みね。
ほんとに何もないんだ。
なんの才能もないばばあのなれの果て。
スペイン語はわかるし、アクセスもエクセルもワードもできるし、プログラムもできるけど、それが何
?
これが望んでいた姿?
こんなひとたくさんいるしね。
いろいろと見てきたから、否定的なことしか考えられなくなっているのかもね。
あ、でも、ポジティブなひとを否定しているわけではない。
たぶん、感覚が違うだけで、この思いは同じ体験をしたひと、同じ世代にはわかる感覚だと思う。
「私は〜ができる」という自信もあっていい。
私にはそれができないだけのこと。だって、自分よりそれができるひとはたくさんいるから、できるなんて言えない。
ひとと比較しなければいいんだよね、相対評価ではなくて絶対評価。
絶対評価だったら、もっと「できない」になってしまう。
そういうこと。