なぜ、彼女は亡くなってしまったのだろう。
あれから何かをしていないとこのことばかり考える。
年齢はおっととほぼ1年違い(誕生日が1日違い)。死因はおっとが発症した病気。
おっとは血管が完全閉塞していて、心臓の冠動脈バイパス手術になり、今は職場復帰している。彼女は何回かに分けてステント手術になり、1回目は成功したものの2回目の手術の後は、…
何が生死を分けたのだろう。
私がショックを受けてどうする。同じ病名のおっとの方がもっと思うことがあるだろう。
2回目の手術のための入院前、彼女だって家にもどってくることができないとは思わなかっただろう。
「死」は突然やってくるのだ。
今夜にも自分は亡くなるかもしれないのだ。
「~しておけばよかった」そう思うかもしれないが、過去は変えられない。
「~したかった」を思うかもしれない。
悔いのない人生。そんな人生になるだろうか。
これからしていけるだろうか。
おっとに今何をしたいのか訊ねた。彼は一度心停止になっている。一言
「生きる」
「生きる」。泥臭くても、薬に頼っても、生きる。いや、現実、薬を飲み続けないといけない身体。
爆弾を抱えているのがはっきり本人がわかっているおっと。
私だって、何かを抱えていて、今、気づかないだけかもしれない。
彼女が私に残したもの。
「生きる」
遺影の写真をどうするの。
彼女の遺影はとってもかわいくてきれいでマダムだった。ふだんの気がいいおばちゃん(悪口じゃなくて)じゃなくて、ほんとにきれいだった。
あんな写真ないな。
もっとも、お通夜も告別式もやってほしくないし、なんなら同僚にも友達にも亡くなったことを伝えてほしくない。誰にも見送られたくないから、遺影はいらないんだけれど、それを身内は聞いてくれるだろうか。
こんなことでも考えないていないと、苦しくなる。