何が「逃げ」なんだろう。
「逃げ」はいい/悪いだけで判断できるものではないよね。私の激推し「逃げるは恥だが役に立つ」の通り、「自分の戦う場所を選べ」なわけで、「逃げ」も選択肢に入るわけだよ。
周りと自分のとの関係を考えるから「逃げる」になって、周りのことは何も考えないひとなら「逃げ」なんていう発想もないでしょ。
若い頃は、「逃げ」なんて考えたことはなくて、常に挑戦し続けていた。もっと〇〇になりたい、ばかり考えていた。それが、会社でパワハラにあってから少しずつネガティブになって、ここで初めて「逃げよう」とした。しかも、「生きること」から。
その時は、結果的に退職して会社からは逃げたけど、息子の件でやられていた時にはまたしても生きることから逃げようとした。できなかったから、今、生きているんだけどさ。
この「生きていたくない」の「逃げ」はあまり日常生活には現れないけど、自分の戦う場所を選ぶための「逃げ」は逃げじゃない。
責任あるところからの「逃げ」は、「責任の放棄」だけど、それをやってしまう時は、かなり追い詰められている時だよ。できればしたくないけど、無理な時。それをした結果、のちにどんな影響が出るか、考えられない時。とにかく、そこからいなくなりたいんだもの。
責任なんて考えたことがない人種が多いくなったな。そういうひとは「生きづらい」なんて考えたことはないだろうね。
「人は、誰かを見て学んできたこと、経験してきたことしか使えないから。」
誰かを見てだけではなく、「読んで」もね。
書かれているもの、聞いたものは擬似体験なんだよ。
だから、私はひとと話したいし、読みたい。
私は、ね。