そんなこと考えたことも感じたこともなかった。
気持ち悪くなかった。
テレビの女子グループが同じ服で揃って踊ってるのは気持ち悪いけど。
「似ている」「同じである」ことに仲間意識があることは、自覚している。
「誰かに似ている」と自分の知っている人(そのひとに好意を持っている人に限る)にあてはめて安心する。
好意がない人にはあてはめない。勝手な話。
でも、そんなあてはめをしていることを相手に伝えないのなら、いいでしょ? 知り合って間もない人との関係をどう築くか探っている時なのだから。
「誰かと同じ」で安心するなら意識すればいいし、それがいやなら同じにしなければいい。
自分の感性と違う人は否定したくない。違和感は持つけど、否定は違うなあ。
ところで、私は小学生の頃まで、服の多くを近所のおばさんに作ってもらっていた。たいてい妹とおそろい。母は既製品が高かったと言っていたが、そうなんだろうか? おそろいは母の趣味だったのかもしれない。その反動からか、私は息子たちにはお揃いの服を着せなかった。2歳半違いだからサイズがかぶることがなく、弟はすべて兄のおさがり。文句も何も言わなかった。あまり頓着がなかったのかな。懐かしい昔の思い出。