ひとりごと

流されてる?

昔、何かを書き続けて練習しようと思った時期があった。その時の文章。

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最近、書きたいと思うことがない、いや、書くことにさえ必死である以上、「書けるかもしれない」と思うことが見つからない。
ふむ-と理由を考える。


1.他のことで毎日忙しい
2.あまり物事について感じたり、考えたりすることがない
3.考えたことがあっても、それを忘れてしまう
4.体調がよくない(風邪気味という点で、その通り)


つまるところ、日常のいろいろな出来事に流されてぼへーっと生活しているのだ。もちろん、それなりには子どもとも遊ぶし、細々ながらも勉強も続けてはいる。しかし、どうも「一歩」踏み出ていないのだ。肉体的なことはしかたないにしても、精神的なことは自分の気も持ちようでなんとでも変わるだろう。しかし、そういう気にもなっていない。
それはなぜ?-と理由を考える。


1.だって、いつもと同じことしてると楽だもん
2.わざわざ大変なことすることないもん
3.別に「義務」じゃないんだし


そう、楽なことを覚えたら、後は楽な道を進んでいけばいいのだ。何もトシとって、新しいことを勉強したってこの先、何に役に立つんだろう? 少なくとも今は使わない。それより、心地よい時間を過ごしてた方がリラックスもできるし、いいんじゃない? 流れていけば、流されていけば、...


......という道を歩みたいわけじゃない、歩んできたわけじゃない、役に立つ、立たないで物事を始めるのって、違うような気がする。いつ、どこで、習得したものに助けられるかわからないのだ。
と、ちょっと自分に「喝」を入れる。
そして、ここまで訪ねてきて下さった方にも、ね。
(2002.1.22)

つけたし-このままでいいのかな? と思わない人はそのままでもいいんじゃないでしょうか? そういうのが好きな人もいるもの。
(2002.1.23)

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あの頃、なぜあんなに書いてみたかったんだろう?

今は「書く」代わりに「ハンドメイド」で何かを作っている。

子どもと接する時間もなくなり、おっとも単身赴任が終わり、家事分担もしてくれて、自分の時間も多くなったんけど、「書く」ことがなくなったのは、体力がなくなったことには関係あるかも。それと、あの頃はパート勤務で、今は非正規でもフルタイムでの仕事。家に帰ってきたら、のたーんとしたいもの。

なぜできなくなった? しなくなった?

それを探るのは仕事ではないもんな。

それを「流されている」と感じていたあの頃。

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