「真面目の何が悪いんでしょう?」
息子が学校に行けなくなった時、スクールカウンセラーはそう言った。息子が学校に行けなくなった原因を考えつつ話していた時、たぶん、私が「息子が真面目すぎるから〇〇は息子にあんなことをしたのか」みたいなことを言ったんだと思う。
「真面目」と言われるのは、私は好きではなかった。揶揄されている、馬鹿にされていると思ってきた。
それが、この言葉で少し救われたように思えた。
「真面目」であることは個性。短所にも長所にもなる。ひとによって「真面目」の基準が違う。「言う」方は「言われた」方が「真面目」へのこだわりがあることなど何も考えていない。本当に真面目だと感じる人に「真面目」なんて言わない。
言っている方は私と同じ言葉を使っているけど、異なる意味で使っている。
だって相手はエイリアン。
同じ母語を使っているようで、ふだん使う言葉や知っている言葉の範囲がちがうひとはエイリアン。
いつ頃からか、私はストレートにこう思うようにになった。心の中で思うことも前は相手に申し訳なくてできなかったが、今ではできる。
考え方が違うエイリアンは価値観も言葉も違う。
向こうからすれば私もエイリアンだろうけど、いや、そんなことも思わないだろうね。
エイリアンだらけの地球。