ひとりごと

ひっそりこっそりなんて自分が決めなくても周りが決める

誕生日を誰から何も言われないくらいそっと迎えたかったのは自分なんだけれど、言われなければ言われないでなんとも言えない感情になった。

自分が決めなくても、私が他人にとってそんな存在であることは他人が決めるので、何も言われないというのはすでにそういう存在であるということなのだ。

これが、自分が望んだ形か?

慣れなくては。

下の子が不登校になるまで、自分では人付き合いがいい方だと、まめに連絡も取り合うひとも多い方だとカンチガイしていた。

周りは私を情報源として利用していただけ。

面倒臭い集まりのセッティングなどをする、面倒なことをやってくれる便利なおばさん扱いだっただけ。

それに気づいて、リアルで人付き合いを断って、SNSで知り合ったひととそれなりにやりとりさせてもらっていたんだけど、そこもだんだんやりとりできる相手は少なくなってきた。

根本的な理由は私の側にあるのだろう。

私が相手に求めすぎても、相手からはそんな存在ではない。

またやっちゃったんだ。

それをわからせてくれたのは、誕生日で、これが私への誕生日プレゼント。

いいさ。

死ぬ時はひとりだものね。

ひとり芝居の歌の通り。

私からアクションを起こさないと何も始まらない関係。
それは相手からは何も望まれていない関係。

それでいい。

それでいいんだ。

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