そうなんですね。
私の年齢になると、自分より年上の方と知り合う機会はほとんどなくなります。
最近は年齢なんてあまり意識していないです。
ひとに望むものはアスピーちゃんに近いです。
年上の方で、もう二度と会いたくないというひとにはお会いしたことがありません。プライベートで知り合う年上の方は「こうなれたらいいなあ」という方ばかり。
天敵〜エイリアンは、息子たちを通じて知り合ったひとか職場のひとですもの。
内省について。40代にパワハラ会社に入るまではよく内省してましたが、考えても、内に向かっても何も変わらないことに気づいてからは「考えない」ことの大切さも味わってます。時々乱れるのはまだまだ力不足です。
そんなひとたちとは適当に付き合えばいいとわかっていても、時々、忘れてしまいます。
そうだ、子育てしてる時は自分の子育てに疑問を抱くことがあるから、自分と違うことをしているひとには「おかしくない?」なんて言われたり自分で思ったりすることは1番多かったかもしれません。自分の常識が絶対と思う時期。父母で常識非常識が合っていたらいいと思うのです。
それと、年々「へんなひと」「会ったことがない強烈なエイリアン」、すなわち、年齢不詳のひとに必ず会うことが多くなっています。ここは、私の経験と偏見、それと偶然からですが、全員「独身」あるいは「子どものいないひと」。子供を通じての理不尽なことに出会うこともなく、独身ならおっとへの?もなく、自分の価値観が絶対のひとばかり。あるいは子供がいても自分では育てていないひと。
彼女も、彼女も、うちの母もそう。
子育てをしているからからこそ、体験できていることが多い人生。
そして、子育ての話題は上の世代の方と話すといいかもと思います。「私の時はね〜」と言われても、時代が違う、と言い切れるし、「そうだよ」と共感されたら、自分の迷いは払拭されるでしょう? 加えて、そのひとからお子さんの未来〜こうなるかもの一例も聞くことができます。
子育ては「それでいい」(私がTwitterにはまるきっかけとなった方の名言)でいいかと。正解なんてないし、何より、親目線ではなく、子どもさんが大きくなってどうだったか、ですもの。
うちのふたりはどうかな? おっとの両親はとてもいい育て方をされてます。
それにしても「友達」の定義は難しいわ。