女性のASDの感想

★感想 常識がわからなくなるとき

「ちょうどよいところ」がわからないひとだらけよ。

それを他の人に悟られないようにごまかしているのよ。

特に、職場や地域、子供たちの親、学校関係(教員という職業のひと)なんかね。

少しでも自分に「都合よく」「アドバンテージがある」ような関係性のひとたちだから。

だから、仮面をつける。自分が外せるところだけ外す。その場所があればいいの。

と、「ひととの距離感がおかしい」とはっきり、その頃は友達と思っていたひとから言われた私が言うのは説得力がないか? 逆にあるか? というところ。

ところで、「常識がわからなくてこわい」なんてしょっちゅうあった、若い頃はね。

今は「常識なんてある程度の共通項があるだけ」って割り切っているの。

だから、職場の天敵、エイリアンがいるもの自然なこと。

前いた会社(仮にXYZ社としよう)の、「XYZの常識は世間の非常識、XYZの非常識は世間の常識」という名言を聞いてからであって、環境が変われば常識なんて変わるのだというのを経験したからよ。

常識、非常識から不安になることなんてないというのがベース。

世間は思っているほど、ひとのことを気にかけてないわ。

気にかけるひとはいるけれど、それはそのひとの問題で、気にかけるひとの方が割合的には少ないの。

とはいえ、その割合が少ない部分にいるひとが自分にとってとてもたちが悪いのね。

と、わかっているのだけれど、職場の天敵とは常識と非常識が私とずれているからこんなふうになっているの。

価値観が違うだけなら、やり過ごすことはできるようになったのに、恐怖というか、狂気を伴うひとだとわかってしまったから、時々飛んでしまう。それでも、やっていかなくてはならないし、そういうものだとわかっていれば、対処のしようもあるわ。

こうして落ち着いて考えられる日とそうではない日が日によって異なるの。

Outすると、見えてくるものがあるのね。

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