ひとりごと

ルーツ

自分のベースは「作ること」「言葉にこだわること」。どれも明確なルーツがある。今がある理由をもう一度はっきり振り返っておこう。

「作ること」のルーツは小学校4年生で手芸クラブに入ったことだったし、小学生の時のお話作りだったり、中学生の時、流行ったポプコンに応募すべく自作曲を作ったこと。

では、言葉は?

これも明確なルーツが二つある。

一つは、高1の時の英語の先生が、リーダーの教科書の単語をすべて英英辞典で引くようにとおっしゃったこと。クラスメイトは適当にごまかしていたが、私は1年間すべての単語を辞書で引き続けた。そこで、英語は英語で説明できるんだ、「understand」は「make out」ともいえるんだと知り、驚き、すごく感動したのだ。今思えば、国語辞典があるのだから、英英辞典もあるのに。

なので、私は上の子の英語担当の先生が生徒たちに英英辞典を使うようおっしゃった時、ほかの保護者が反対した(ほかのクラスはやっていないのに、なぜ息子たちのクラスだけそんな「むだ」なことをさせるのか?と。親が突っ込むところではないのに)時、自分の経験を話して、英語の力の向上にとても役立ったと言ったのだった。

そして、もう一つは現国の教科書で金田一春彦先生の「日本語」が扱われていたこと。そこで、「日本語」に興味を抱いた。しかし、よく調べもせず日本語は国文科で学ぶのだと思い、「日本語」を学べる大学は少ないと思い込んでいて、国語が嫌いな私は国文科には絶対行かない、それなら、言語学を専攻しようとしていたのだが、共通一次で大失敗して外国語学部に入学した。

英語への興味と日本語への関心がどこでつながるか? 英語への興味はスペイン語に代わり、通訳、翻訳をすることで何かを伝えるために選ぶ日本語に気をつけるようになった。留学して帰国後、日本語ボランティアをするようになり、日本語教師の勉強も行った。「私は」と「私が」の違い。「友達に会う」と「友達と会う」の違い。「赤い靴」と「赤の靴」の違い。いろいろな、私たちが何気なく使っている日本語には、日本語を学習している外国籍の人たちとの勉強で気づかされたことがたくさんあった。

英語、日本語、言葉が「線」になっている。

「作ること」と「言葉にこだわること」の交わりは自分では気づかないけれど、どこかにあるのだろう。いや、ないのかもしれない。自分がマルチになり、こっちを核としている自分とあっちを核としている自分とは別の方向を向いている。いや、同じ方向かもしれない。

ま、いいや。この二つが大切であることはかわらないのだから。 

  • LINEで送る

コメントを残す

*

CAPTCHA